モントリオールの歴史

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モントリオールの人口 約350万人
390カ国から人々が入る大変国際色豊かな町になっています。

6割の人たちがフランス系、世界90カ国以上から集まっています。
島全体で60の宗教があり、5000以上のレストラン、カフェ、ビストロがあり、80カ国以上の料理を楽しむことができます。
面積 島全体が393ku
モントリオールはセントローレンス河に浮かぶ島になります。日本の琵琶湖と同じくらいになります。
天候 夏は蒸し暑く、冬は大変寒く、地下で移動できるように地下街が発達しています。
地下通路の長さを合わせると全長29kmとなると言われています。
モントリオールの歴史 
1535年
フランス人探検家ジャックカルチエがフランス国王の命を受けて、このモントリオールの辺りまで上ってきました。

フランス国王、その当時はフランソワ1世になります。ジャックカルチエは、フランス本国を後にして大西洋をわたり、
「この北米大陸を横切り太平洋を渡りインド、中国へ続く道を探せ」という冒険の旅に来ましたが、この大西洋側から
1600kmほど上ったセントローレンス河がモントリオールの辺りで急な浅瀬となっていて、彼が乗ってきた小さな船で
さえもその急流をさかのぼることができず、その旅を断念します。

そして、王様への命が守れなかったということで上陸したこの島のほぼ中央にそびえ立つ丘に
モンロワイヤル(Mont-Royal)という名前をつけたのが1535年、10月2日のことになります。

王様への命が守れなかったということで、王様への忠誠を誓う「王の山」、というような意味なる名前をつけました。



1642年 5月17日、その当時フランス人のメゾヌーブが、フランスから約50人ほどの人を引き連れてこの町を開拓に入りました。
モントリオールの街が始まった当時はビルマリ、マリア様の街と呼ばれていました。

●十字架●
メゾヌーブは、翌1643年、この丘に十字架を担いで丘に掲げました。当時は木製の十字架でしたが、今では金属の十字架に変って、夜になるとライトアップされ、宙に浮いた感じに見えます。


1700年代 1700年の頃にそして市条例が街が始まり、街の名前が変わり、モントリオールになったということです。
モンロワイヤル(Mont-Royal)の名前から、モントリオール(モンレヤル)がついたのではないかと言われています。
実際にフランス語ではモンレヤルと発音されます。

 

 

 

 

 

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